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「北海道農業の想い出」より抜粋悲壮な鐘の音原野の秋は、この濃霧に悩まされる夏とはうってかわり、まことに爽涼で、天高く馬肥ゆるの言葉そのままであり、 それだけ降霜の危険性は多いのである。 やりきれない焦慮にかられるものである。 根室全管内と釧路の虹別の九つの世話所主任は定時に電話にでて、 それぞれの寒暖計の指度を報告する。 世話所主任は、今鐘をたたかせますから聞いてくださいという。 電話を通してカンカンと鐘はなる。悲壮な鐘の音である。 すでに着手した原野方向はホノ明るくそれと解る。 相当効果をあげたこともあるが、零下三度位の強霜ではいかんともしがたく、 降霜後の適宜の処置が大切になる。昭和六年の秋には、 こうして約一週間徹夜で警戒した思い出は、一生忘れることはできないであろう。 「陛下の赤子を・・・」しかるにこの昭和七年は全く惨澹たる凶作であった。この秋が大変だったのである。 収穫は全く皆無で食糧に窮し、それに入植して三、四年たったものは衣類も着つくし、 家屋も破れ、あの極寒の地に、やむなく土間に穴を掘り、 燕麦藁を敷いて穴居せるも稀ではなかったとのことである。 したがって人心は極度に悪化、尖鋭化し、 全原野民は真っ向から道庁および支庁に対し、敵意を示し、 偽ってこの死の原野に入植せしめた非をならして、 道庁員並びに支庁員が一歩でも原野に入って来たら 殺してしまうと宣伝するに至った。 それに移民を動員して労賃を給すると食糧、衣料、住居の問題も 一応はおさまるであろうと申し上げたところ、それはいい考えだ、 直ちに実行しようということとなり、やがて原野の計根別に長官も自らお出でになり、 移民大会の席上で有名な 「陛下の赤子を一人たりとも餓死させず」の一発をブツったわけである。 基線道路の白樺並木新植民地の発展の様相は、当然その中心都市の伸長の姿によって表徴せらえるのは当然である。そして北海道においても、否日本においてその最も著しい最近の適例に、 まさに根釧原野における中標津の市街地としての発展であろう。 表彰を受けたのであるが、全く感慨無量であった。 自らトランシットをのぞいて旗を振って区画をきめ、 建物や圃場の配置もした支場の姿は、 さすがに本館の鉄筋コンクリートのためそのままである。 二十町歩の圃場の周辺に、また庁舎の前庭に、 官舎敷地の中庭に植えた落葉松、桜、そして中央基線道路の両側の白樺、 それぞれに伸びに伸びている。 ![]() |
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